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「iPad Proだけで仕事ができるようになった」Yostar Pictures取締役の斉藤健吾氏に聞くデジタル制作機器の遍歴と社内の制作環境

「昔からデジタル環境での業務に可能性を感じていた」と語るのは、Yostar Pictures取締役であり、作画監督・アニメーターの斉藤健吾さんです。

斉藤さんは10年以上も前からアニメ制作のデジタル環境での業務、とくにタブレット機器に注目していました。様々な試行錯誤を経て、現在はiPad Pro、特に2018年に発売した第3世代のモデルで仕事をしています。今回のYostar Plusでは、斉藤健吾さんに業務利用としてのデジタル機器の変遷と、Yostar Picturesの業務環境についてお聞きしました。

斉藤健吾さん。
Yostar Pictures取締役。監督・作画監督・アニメーター。

デジタル環境での制作を意識したのが2008年。
ただ何もかもが足りていなかった。

――:斉藤さん、本日はよろしくお願いいたします。iPadだけで業務をされていると聞いてお話を聞きに来ました。斉藤さんがアニメーターの仕事を始めた時の制作環境は、紙を使ったアナログ環境だったと思います。どのような変遷を経て現在の環境に辿り着いたのか教えてください。

最初にデジタル環境での業務を意識し始めたのは2008年くらいです。ただ機器の性能が自分のやりたいことに追いついていなかった。業務でもTP修正という色のついたデータを直すのにPCを利用していた人が少数ですがいました。趣味の分野ではあるものの、ようやく周囲でもデジタル環境を使って作業する人が出てきた。そんな時代です。

僕自身は昔からタブレットを使って絵を描きたいという想いが強くて、色々な製品を試していました。

――:その際にはもう業務で利用を?

2012年前後にはイラストは描いていましたが、描き心地という面で満足していませんでした。使いたいアプリもまだなかった。端末のベゼルは大きく、接続もかなり面倒で。デジタルでしか見せられない動きに注目が集まっていた時期でもありましたが、間口は決して広くなかったんです。だからまだ何をするにも物足りなかったですね。

――:そんな環境では業務利用なんてとてもとてもですね。

そうなんです。ただ作ったものの動きがすぐに見られるというのはデジタル環境の大きな魅力でしたし、自分がガジェット好きという点で、ずっと惹かれている部分がありました(笑)。

初代iPad Proに感じたデジタル化への未来。3年後に完成形へとたどり着く。

――:iPadシリーズの業務利用を意識するようになったのは、何時くらいのことからでしょうか。

2015年のiPad Pro 12.9インチ(第1世代)が発売になってからです。ただソフトウェア面や描画能力で、物足りなさがありました。その一方で将来的には「このデバイス1つで仕事ができるようになるだろう」というポテンシャルを感じていました。

「これは仕事で使える!」と確信したのは、iPad Pro 12.9インチの第3世代を試した時です。自分にとってある意味完成形と言っていいハードウェアだった。その背景にはiPadOSアプリにアニメーション専用の機能追加がされ、ソフトウェア面での充実がありました。加えてApple Pencilが第2世代になった影響も大きい。端末の側面で充電ができるようになり、利便性が上がりました。

当時担当していたアニメ作品のイラストは、iPad Proで描いたものをX(旧Twitter)で公開していましたし、作品の終盤においては原画作業でも利用し始めました。

――:その後iPad Proは世代が進んでいきます。12.9インチの第3世代を完成形と評した理由が気になります。

僕の用途は原画作業なので、iPad Pro 12.9インチの第3世代の能力で十分足りることです。また先にもお話したApple Pencilが第2世代になり、端末の側面で充電できるといった利便性が向上したことも大きい。ただサイズに関しては11インチの方が使いやすいです。イラストレーターさんになるとまた違う感想になるかもしれませんが。

――:11インチの方が使いやすいのは意外です。より大きなサイズを求めていると勝手に思い込んでいました。

自身の業務を考えれば11インチでも十分です。僕は仕事をする場所が様々なので、持ち運びのしやすさを重視しています。今11インチを使っていないのはたまたまです。

――:たまたまと言うと?

11インチはある日飼っている猫にガリガリと噛まれてしまって使えなくなりました(笑)。

――:それはもう仕方がないですね(笑)。

我が家は夫婦共にアニメーターです。二人でiPad Proを持ってご飯に行くことがあります。ちょっと小脇に抱えて移動できるのは大きなメリットです。そういう意味で11インチの手軽さがちょうど良い。注文を待っている間はイラストを描いたりしていますよ。

デジタル化で自由になったクリエイティブ環境

――:先程、アプリの機能追加とApple Pencilの第2世代への進化が業務利用への最後の一押しになったというお話をされていましたが、タブレットとしての完成度はどうでした?

iPadシリーズは自分にとって直感的に操作できるのが非常に魅力でした。2019年に劇場公開した作品の前日譚となるアニメの原画と作画監督の業務はiPad Proのみで作業しています。このタイミングでiPad Proは、これ1台で業務を完結できる仕事道具になりました。

――:紙から始まった仕事道具ですが、デジタル機器で業務をすることに違和感はなかったのでしょうか

もちろん紙と比べると感覚はもう別ものです。”紙”の代替と考えるから違和感が出ると気が付きました。だから「紙とは別のものである」という意識の切り替えをした時に納得できた。しかも実際使い込んでいくと色々面白いことがわかってきました。

――:面白いことと言うと?

iPadなどのタブレット機器はどうしても液晶部分を手で触っていると指紋や油がついてきます。ただそのことで書き味が変わってくるんです。不思議なことに汚れていった結果、滑りが良くなって書きやすい。デジタル機器なのに、人間の手で触れば触るほど使いやすくなるというデジタル機器とアナログ要素の融合が発生しています(笑)。

――:今実際に試してみましたが明らかに違いますね(笑)。

使い込んできたからこそわかるデジタル機器との関係ですね。

――:これまでの10年以上の試行錯誤を考えると、Yostar Picturesの設立当初にデジタル環境へのこだわりを話していたのもの納得です。社内で原画の業務をしている方は、iPadシリーズを使用しているのでしょうか?

iPadシリーズやその他のメーカー様の液晶タブレットの半々くらい。これまで各々が使ってきた環境で業務をしていますよ。自分の使いやすい機器が一番です。

Yostar Picturesでデジタル環境を構築したことにより、オフィスやスタジオからかなり遠く離れて住んでいる人もいます。東北地方に住んでいる人もいます。その時は面接から業務まで一貫してリモートでした。

僕はオフィスと家では、別のiPad Proを利用しています。だから出社時は手ぶらです。データはクラウド上で保存しているので、機器間のやりとりも簡単です。

――:作業環境を選ばないのは良いですね。在宅でも椅子に座って業務をしているんですか?

家だとソファで寝転びながら作業していることもあります。ソファの座面にiPad Proを置き床に座って作業していることもあります(笑)。

――:iPadで業務をすると体勢すら自由になる(笑)

身体への負担という点ではそれが正しいかはわかりません(笑)。幸いオフィスやスタジオも良い椅子を用意しているので、働く場所を自由に選択できるのは強みですね。

――:ただデメリットも?

もちろんその働く場所の自由さが故、コミュニケーション面で新たなステージを迎えたとも感じています。これまでは同じ場所に集まって仕事をする。皆でご飯に行くことなどして、お互いのことを知り関係が深まっていきました。リモートではそういった関係の築き方は難しい。マネージャーはオンライン環境が加わったことで、よりコミュニケーション能力を求められるようになったと感じています。

今の技術では実際の対面のコミュニケーションには絶対敵わない部分があります。ただそこに近づけるためにYostar Picturesでは、リモート会議用のカメラやモニターなどオンラインコミュニケーションの設備にも力を入れています。

ーー:そういった状況を踏まえてもデジタル環境を推進する理由とはなんでしょう。

コミュニケーション面での薄さを補って余りある魅力がデジタル制作環境にはあります。これまで修正の際に時間を必要として作業がショートカットキーを使えば一瞬で修正できる。紙の場合は運搬する必要がありましたが、デジタルであればアップロードするだけです。制作物が届くまでの時間と運送料も圧縮できる。その時間を作品の質の向上に当てられます。さらに都内から離れたところに居住するクリエイターにも声をかけられるようになったことも大きい。

これらのメリットを考えると、デジタル環境はより良いものを作るためには必要な環境だと思っています。それにデジタルだと紙のゴミも出ないし、iPad Proだと寝転びながら仕事もできます(笑)。

――:間違いないですね(笑)!本日はありがとうございました!


2015年。AppleのCEOティム・クック氏が、iPad Pro 12.9インチの第1世代発売後のインタビューで、「狙っている市場の1つがクリエイター」「iPad ProはPCに置き換わる存在になる」といった主旨のコメントをしています。それから8年が経った2023年。実際に斉藤さんはiPad Proだけで業務を行っています。この環境はまさに当時クック氏が思い描いていた未来の姿だったのではないでしょうか。その様子を目の前で見るのは「とても感慨深い」というのが編集部の感想です。

デジタル化は様々な恩恵をクリエイターにもたらしました。Yostar、Yostar Picturesでは制作を担うクリエイターのためにどんな環境が提供できるかを考え、皆様により良い作品をお届けしたいと思っています。

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